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あまりにも見苦しい玉城デニー陣営の敗戦会見

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沖縄県知事選挙では、投票終了と同時に古謝玄太氏の当選確実が報じられた。選挙戦終盤の沖縄の空気や各種情報から見て、この結果は玉城陣営もある程度は予期していたはずだ。

選挙対策事務所での関係者の発言をYouTubeで確認したところ、玉城陣営がこれほどの差で敗北した理由が見えてきた。陣営側の情勢分析の大きな誤りである。

とにかく、この敗戦会見の内容があまりに見苦しい。まず選対委員長の挨拶からしてSNS批判。続く玉城デニー氏本人の挨拶と記者との質疑応答でも、SNSへの批判、古謝氏の政策への疑義や批判、政府への非難、さらには自らの実績の誇示が続いた。

悔しい気持ちは理解できるが、そうした批判は後日、知事職を退く際にでも言葉を選んで語ればよいことだ。もう事態を変えることはできないのだから。通常、落選した候補は支持者に謝罪と感謝を伝え、対立候補を称える。たとえ本心でなくとも、それが人としての振る舞いというものだろう。

(参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=m6Nt08Enoqs

左派勢力については、自らの責任を認めず他者に転嫁する傾向があるとよく言われる。そうした姿勢の見苦しさゆえに、世間では左派離れが進んでいる面もある。その事実に気づかぬまま、他者批判と自己の実績アピールに終始する姿は、重ねて言うが見苦しい。陣営スタッフの発言であればまだしも、玉城氏本人がそうした態度を示したことは、今後の沖縄における左派・革新系の活動にとって大きな痛手となるだろう。

玉城陣営や地元メディアが問題視している、SNSで拡散された情報について、厳密には事実と異なる部分があることは認める。しかし、それは拡散された情報全体のごく一部に過ぎない。その一部の誤情報のせいで落選したと考えているのであれば、玉城陣営の分析自体が的外れだと言わざるを得ない。

今回の選挙前には、辺野古での抗議船転覆事故が起きていた。これをきっかけに、辺野古反対運動・基地反対運動の担い手がどのような人々で、その実態や構成がどうなっているかがSNSを通じて広く知られることになった。不法占拠、道路交通法違反、極左暴力集団の関与、中国共産党との関係が疑われる人物の存在。こうした人々が中心となって玉城デニー知事を支持・支援してきたという構図、そしてそうした法的問題を長年放置・黙認してきたことへの不信感——これらは虚偽の情報ではなく、事実に基づく内容がほとんどである。もちろん、こうした情報を発信する側に玉城知事の印象を悪化させる狙いがあった可能性は否定しない。しかし事実である以上、公人としてそれに反論することはできない。SNSの法規制の必要性を繰り返し訴えていた玉城氏だが、SNS規制を論じる前に、辺野古反対運動側の違法行為をどう考えるのか。率直に言えば、突っ込みどころが多すぎる。

さらに終盤には、地元メディアと連携して「発信の9割は県外から」といったキャンペーンが展開されたが、そもそもそうした状況を作り出したのは沖縄の地元メディア自身である。県民に自由な議論をさせず、基地容認の立場を表明すれば集中砲火を浴びせるような風潮を長年醸成してきたのは、地元メディアと左派・革新勢力にほかならない。その反動が今回の選挙のタイミングで一気にネット上で噴き出した、というのが実情だろう。もう一点、地元メディアの問題を挙げるなら、ファクトチェックをすればするほど、誤情報に紐づいていた「知られたくない事実」がかえって拡散されていったことだ。これは地元メディアにとって大きな失態と言える。

被害者意識ばかりが先行し、玉城デニー知事とその周辺が県民・国民からどう見られているかを客観的に分析できていなかったことこそが、今回の大きな敗因だろう。

経済面や県民サービスの実績についても訴えていたが、その多くは時代の流れに沿った成果に過ぎず、誰が知事であっても達成できたであろう内容が中心だ。増収傾向にしても玉城氏個人の実績というより日本全体の傾向であり、その功績を独占的に主張できるものではない。加えて「沖縄はこれだけ良くなった」とアピールしても、実際に生活が向上したと感じている県民は少なく、むしろ疲弊感を抱く人の方が多いのが実情だ。これは玉城氏一人の責任ではなく国の政策の影響もあるが、訴える内容と県民の実感との間にある大きな乖離こそが、敗因の一つだったと言えるだろう。

当初は、タイミングの悪さも含めて敗因を分析する記事を書こうと考えていた。年明け以降の高市自民党政権への予想以上の支持、在ワシントン沖縄事務所問題、辺野古抗議船転覆事故など、玉城デニー知事本人が直接関与していない要因によってイメージが悪化した「運の悪さ」という切り口だ。しかし、この敗戦会見の映像を見て感じたのは、それ以上に自己分析の欠如こそが根本原因だったということである。この点については、選対委員長や選挙戦略を立てた関係者の責任が重いと言わざるを得ない。

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