今回の辺野古転覆事故をきっかけに、基地反対派による抗議活動の「違法な実態」が多くの人に知られることとなりました。辺野古を多少なりとも知る身としては、「ようやくこの問題が明るみに出たか」というのが率直な感想。
これまでも、この問題を深刻に受け止めて発信している方は一部に存在していました。しかし、沖縄の基地問題が全国放送で取り上げられる際にも、その詳細な裏側まで本土へ十分に伝わることは稀でした。これまでは特定のネット番組や保守系のYouTubeチャンネルなどを熱心に視聴している層の間でしか、事実が共有されていなかったのが現実であったと思います。
今回の事故によって、その認知は少しずつ広がりつつあるように感じます。しかし、それでもなお、多くの国民の本音は以下のような認識にとどまっているように感じています。
「辺野古=沖縄の人が集まって基地反対を叫んでいる場所」
しかし、実際の現場で起きていることは、単なる政治的アピールにとどまらず。地域住民の生活を脅かす深刻な問題であり、この反対運動が、過激化したことで、何名もの死者や怪我人を出している深刻な問題だということを、沖縄の政治家や沖縄県民も考えるべきである。
テントの巨大化と映画『ホテル・ハイビスカス』が描いたかつての辺野古
当初、辺野古の抗議活動は、浜辺に小さな座り込み用のテントを設置したところから始まりました。当時はキャンプ・シュワブ(米軍基地)との境界にあるフェンスも、有刺鉄線を巻いただけの低いもので、現在のような物ものしさはありませんでした。
余談ですが、当時の辺野古集落とキャンプ・シュワブを舞台にした映画があります。中江裕司監督の『ホテル・ハイビスカス』。この作品では、辺野古の住民と米軍との日常的な関わりや交流がユーラスに描かれており、当時の辺野古区の穏やかで良き時代を映し出しています。非常に素晴らしい映画ですので、機会があればぜひ一度ご覧になることをお勧めします(映画については、また改めて詳しく書く予定です)。
しかし、基地反対運動が激化するにつれ、境界のフェンスは強固なものへと付け替えられました。さらにテントは国道沿いにまで進出し、当初の小さな規模から、いつの間にかスポーツ観戦のスタンドを思わせるような巨大なテント群へと変貌を遂げていったのです。
地域住民の生活を脅かす「抗議活動」の裏側
辺野古の埋め立て工事が本格化し、頻繁に集会や抗議活動が行われるようになると、地域住民の日常生活に深刻なシワ寄せが行くようになりました。
●公共・商業施設の無断利用 辺野古公民館のトイレが無断で使用されたり、近隣のコンビニではトイレが大行列をなす事態が発生。しかも、何も買い物をせずトイレだけを利用して立ち去る人が続出。
●主要道路(国道329号線)の不法占拠と交通麻痺 最も大きな問題は、工事車両の進入を防ぐために道路を通行阻害したこと。辺野古の目の前を通る道路は「国道329号線」しかありません。この主要道路が遮断されることは、辺野古住民だけでなく、周辺地域を行き来するすべての人々に多大な影響を与えました。
何よりも深刻だったのは、救急車などの緊急車両が抗議活動の混乱を避けるために迂回を余儀なくされたことです。一刻を争う人命救助の現場において、このような事態が発生していた事実は極めて重いと言わざるを得ません。
度々、辺野古には複数の政治家も訪れ、抗議集会が行われている映像がニュースで流れます。しかし、これらは果たして正式な「道路使用許可」を取って行われているのだろうかと、常々疑問に思わざるを得ない。
メディアの偏向報道と「人命より主張」への違和感
これほどまでに住民生活に具体的な悪影響が出ていたにもかかわらず、沖縄の地元マスコミはその実態をほとんど報じず、反対派の主張ばかりを大きく取り上げてきました。地元の辺野古区民や一部の発信者がネットを通じて声を上げていましたが、それが多くの県民や国民に届くことはありませんでした。
緊急車両が迂回せざるを得ない状況を知った時、猛烈な違和感を覚えたのを記憶しています。反対派の掲げる「正義」の裏で、地域住民の安全や命が軽視されているのではないかという疑問を禁じ得ません。今回の転覆事故でも、多くの反対派組織が形式的な哀悼の意を表してはいるものの、本質的には「人命よりも自分たちの主張の誇示」を優先しているように映ってしまいます。
「表現の自由」を免罪符にする地元メディアと政治の不作為
さらに残念なのは、この違法な状況(国道の不法占拠や違法テントの設置など)が、歴代の知事や首長によって放置されてきた点です。
仲井真知事、翁長知事、玉城知事とトップが代わり、現在の名護市長は保守系の渡久地氏ですが、依然として抜本的な解決には至っていません。保守系の首長がトップであっても是正できない背景には、地元メディアが「表現の自由の侵害だ!」と過剰に反発する現状があると考えられます。
本来であれば、法を無視した行き過ぎた行為を指摘し、是正を促すことこそがマスコミの役割であるはずです。しかし、現状の沖縄のメディアは違法行為を擁護するかのような姿勢をとっており、社会的な役割を放棄していると言わざるを得ません。拡大解釈かもしれませんが、こうした法軽視の空気感や「何をしても許される」という歪んだ状況こそが、結果として今回の辺野古転覆事故へとつながってしまったのではないかと考えさせられます。
辺野古転覆事故は「辺野古抗議船転覆事件」と言い換えた方が良いと思う。
政治的な立場(保革)に関係なく、「法律やルールを守った上での抗議運動」を徹底させるよう、強い意志を持って正しさを求められるリーダーが、今の沖縄には強く求められているように思います。
