かつて沖縄の政治・社会運動を大きく動かした政治勢力「オール沖縄」が、いま絶望的な崖っぷちに立たされている。
2026年の国政選挙では沖縄全4選挙区で議席を失い、沖縄市や宮古島市をはじめとする市町村長選挙でも敗北が続いている。メディアやSNSでは「オール沖縄の衰退」が大きく取り沙汰されていますが、この衰退は決して最近始まったものではない。
なぜ「オール沖縄」はかつての求心力を失い、形骸化してしまったのか。その経緯と内部で起きていた変化をあらためて綴ってみる。
「保革・官民一体」の崩壊|経済界・有力企業の相次ぐ離脱
元来「オール沖縄」は、翁長知事の元で保守・革新の立場を超え、官民が一体となった強固な地域勢力として誕生した。しかし、2018年に象徴的存在であった翁長雄志前知事が死去すると、組織の足並みは一気に乱れ始める。
- 2018年:主要支援企業「かりゆしグループ」が離脱
- 2022年:有力企業「かねひでグループ」が離脱
- その後:主要企業の離脱に追従するように、多数の地元企業が撤退
有力企業が次々と去った結果、2022年頃には「保革・官民一体」という看板は完全に失われ、実質的に左派系政治団体や一部の革新系企業・文化人の集団へと変貌した。
企業離脱の背景にあった「利害関係」と「過激化への反発」
企業が離脱した理由は、単に「リベラル思想だから」という理由だけではない。沖縄の経済界と県政の強固なつながりにおいて、時の権力(政権・県政)につくことが自社の商売に有利に働くという現実的な計算があった。
実際に翁長県政下では、以下のような「論功行賞」とも捉えられる動きが存在し、批判の対象となっていました。
- かりゆしグループ元CEO(平良朝敬氏)の沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)会長就任
- かねひでグループ内からの沖縄都市モノレール(ゆいレール)社長就任
- 与那原町・西原町にまたがるMICE計画地が、かねひでグループの注力エリアに決定
(このような構造は翁長知事だけではなく、その前の仲井真知事の時にもあり、沖縄政治の最もダーティーな部分である。)
翁長知事の死去により「利点がなくなった」と判断したかりゆしグループが離脱した一方で、かねひでグループはMICE事業の遅延(政府に反発する翁長県政に対して、国が予算をつけなかった側面も大きい)や翁長知事との個人的な絆から一定期間留まりました。しかし2022年、日本共産党をはじめとする左派勢力の発言力増大や強硬な組織運営に嫌気がさし、最終的に離脱を決断したと見られている。
「革新・左派」の過激化と一般民意とのズレ
現在の「オール沖縄」の中核を担っているのは、日本共産党、社民党、立憲民主党などの革新系政党。元来組織力と動員力に長けた共産党が主導権を握ったことで、組織の左傾化と過激化は加速度的に進んだのだろう。
1. 事故・事件後も強行される抗議活動
辺野古沖での抗議船転覆事故など、自分たちの活動の延長線上で人が2人も亡くなるという重大な事態が発生し、法的な判断も定まっていない状況下においても、抗議活動を再開。こうした姿勢は、一般的な市民感覚から乖離しており、常識的にみて、正気の沙汰ではない。
2. 強硬派人物の登用と市民感覚の乖離
社民党沖縄県連のトップに、過激な抗議活動で数度の逮捕歴のある山城博治氏が就任した。過激派な側面があるり、極左な方々の間では、ヒーローのような存在なのだろうが、一般から支持を集められるような人物ではない。そのような人物をトップに据えるというのは、社民党も過激な方向に引っ張られ本来のオール沖縄という枠組みを見失っているのだろう。
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3. 議会で指摘された「極左暴力集団」の存在
さらに沖縄県議会において、沖縄県警本部長が「オール沖縄が主導する辺野古反対運動の中に極左暴力集団が参加していることを確認している」と答弁。単なるリベラル層の運動にとどまらず、過激派組織が侵入している実態が公の場で浮かび上がった。
展望なき知事と「メディアの妄想」で作られた幻想
かつて強引に束ねられていた「オール沖縄」だが、構成団体の本来の目的(利権を求める企業、運動を激化させ存在をアピールしたい極左勢力、政局に利用したい政党)がバラバラであった以上、分裂は必然であった。
こうした構造的な破綻に加え、トップである玉城デニー知事は衰退や過激化に対して有効な手を打てず、基地問題を聞かれても「反対」を繰り返すだけ。人が死んでも安和桟橋にガードレールすら設置できない。ただのお飾り知事に成り下がっている。
また、野党第一党である立憲民主党の前身(旧民主党政権)こそが普天間移設問題を複雑化させた当事者であり、運動の本気度には疑問が残ります。よくもいけしゃーしゃーと「辺野古反対」などと言えてるものである。
現在、地元メディアの報じる「オール沖縄」という枠組みは、実態を失った「幻想」。真に沖縄の基地問題や将来を議論するのであれば、過去の形骸化した枠組みを一度解散し、健全で現実的な対話ができる勢力によって再構築されるべき時期に来ているのではないかと思うが、もうそれをまとめるような人物はいないのが実情だろう。