「オール沖縄」「県民の総意」——。メディアではよくこうした言葉で沖縄の基地問題が語らる。しかし、地元で生活する一県民として見ている風景と、報道される「県民感情」との間には、大きな温度差(違和感)があるように感じている。
辺野古移設問題や基地負担をめぐる「実際の沖縄県民の実態」について、いくつかの疑問点を整理してみる。
1. そもそも「辺野古」に行ったことがある沖縄県民はどれくらいいるのか?
「沖縄県民の総意として辺野古移設に反対している」と左派は言うが、そもそも実際に辺野古(名護市)の現場やフェンスを生で見たことがある県民がどれほどいるのか。
那覇市など南部エリアから辺野古までは、車で片道1時間以上かかる。「現地を見たことがなければ反対してはいけない」と言うつもりはない。しかし、もし本当に県民全体の問題意識がそこまで高まっているのなら、移設決定から10年以上が経過した今、もっと多くの県民が一度は現地を訪れていてもおかしくないはず。
私の周りだけかもしれないが、辺野古の浜に行ったことがある人は皆無だ。集落にすら入ったことがない人が大半である。
2. 知事選に見る「5対5」のリアル:本当に「県民の総意」なのか?
沖縄県知事選挙の結果を見ても、「県民の総意」という言葉には疑問が残る。
【沖縄知事選の投票傾向】
過去の沖縄知事選の結果を見ても、保守派と革新(左派)の票数は、常にほぼ「5対5」差が開いても「45対55」の拮抗状態。その時々の政治の風向きによって、保守県政と革新県政が入れ替わっているのが実態。
仮に「革新80% vs 保守20%」のような圧倒的差であれば「総意」と言えるかもしれません。しかし、実態は二分されている。
地元メディアの多くが自民党や国政に対して批判的なスタンス(いわゆる左派的報道)をとっている中でも、約半数の県民が保守派に投票している。これは、報道を鵜呑みにせず「自分の頭で考えて投票先を決めている層」が確実に保守層には存在することの表れだろう。
3. 「基地負担の重さ」と「米軍基地イベントの大盛況」のギャップ
本土からは「沖縄は重い基地負担を押し付けられてかわいそうだ」と同情される場合がある。
もちろん、日常的に爆音被害を受けている地域の方や、米兵による事件・事故に憤りを感じている方がいるのは事実だ。
私の住む那覇でも、日常的に航空自衛隊の戦闘機の音でテレビの音が聞き取れにくくなることも多い。普天間や嘉手納ではもっと大きな騒音があると想像もできる。
しかし、政治に強い関心がなければ、日常生活の中で四六時中「基地負担の重さ」を意識して暮らしている人は多くないだろう。
慣れてしまっているといえばそれまでだが、それ以上に沖縄の政治に求めている日常の生活の向上があるのではないかと思う。しかし、それよりも、基地問題ばかりを取り上げる、沖縄の革新系政治家や現沖縄県知事、そして、沖縄のマスコミ。
これでは、沖縄県民の政治離れが加速するばかりだろう。
ちなみん、象徴的な例として、嘉手納基地で開催されるフェスティバル(アメリカンフェストなど)の大盛況ぶり。
地元メディアでの事前告知はほとんどされない、にもかかわらず、広大な嘉手納の滑走路が一般県民の乗用車で埋め尽くされていす光景。
数万人の沖縄県民が嘉手納のフェスティバルに参加している。
終わった後にメディアが報じるのは、重箱の隅をつつくような、軍用機の展示の不備などの批判ばかりだ。
基地に対する過激な拒絶感と、基地内のイベントを楽しむ県民の姿。
どちらが「本当の沖縄の実態」を表しているのか。
4. なぜ「工事が始まってから」反対運動が過激化したのか?
少し、話はそれてしまったが、そもそも辺野古の反対運動がはじまったのは、辺野古の工事がはじまってからである。
普天間基地の移設をめぐる歴史を振り返ると、反対運動の展開時期にも大きな違和感がある。
1996年: 普天間基地の返還合意(30年も前だ)
2006年: 移設先が「辺野古」に決定
2009年: 民主党政権下でも最終的に辺野古案を継続
2013年年末: 仲井真知事(当時)が埋め立てを承認&環境アセスメント公表
本当に「辺野古移設」そのものに強い危機感を持って反対していたのであれば、仲井真知事が承認し環境アセスメントを公表した2013年の時点で、最大級の反対運動が起こっていたはずだ。
しかし、実際に大規模で過激な反対運動が本格化したのは実際の工事が始まってから。
・外来の政治団体・過激派による「アピールの場」化
実際の辺野古の反対運動の現場や過去の県民大会などを見ると、共産党や社民党といった左派政党、さらには本土から旅費を出して派遣された全国労働組合のノボリが目立つ。先日は県議会の質疑(県警への確認)において、過激派団体の参加事例も取り上げらている。
自分たちの存在をアピールするために辺野古を利用しているようにも感じる。
過去の沖縄セルラースタジアムで開催された「県民大会」の新聞社の集合、全体写真の中に、革マル派か中核派の旗が写っていて、さらにノボリは県外の労組などばかりでネット上で批判が巻き起こったことがある。
それ以降、全体写真を撮る時は、ネットで突っ込まれることを恐れ、「ノボリや旗は下げてください!」とアナウンスの後に撮影が行われている(笑)。
そのような本来、辺野古とは関係のない団体が入ってきていたり、本土から集められてきた団体が政治的思想を利用して入り込み、沖縄で影響力を強めたり、存在をアピールしているかのように感じてならない。
そして、それらを背景に政治活動しているのが今の沖縄県知事でもある。
繰り返しになるが、反対派は本気で辺野古の埋め立てに危機感を持っているのであれば、仲井真知事が承認し、環境アセスを公表していた時点で、反対運動が起こっていたはずであり、起こすべきだったのではないかと思う。
数年前まで、与那国や宮古島、石垣島への自衛隊配備、東北の震災以降、原発の危険性の注目度が高まり、彼らも存在をアピールできたのだろうが、今となっては辺野古くらいしか残っておらず、どんどん過激になってきたのではないかと思う。
その延長に3月の辺野古抗議船の転覆事故が起こったのではないだろうか。
今の左翼の活動を見ていると、国内で自らの存在をアピールできる場所が限られきているのではないかと思う。
新たな、原発建設もなく、与那国、宮古、石垣への自衛隊配備も完了してしまった今、もう辺野古くらいしか目立てる場所がなくなっているのではないのか。
沖縄では、那覇港にある米軍施設を那覇新港北部の浦添に移転する計画が進んでいる。
日本政府、沖縄県、那覇市、浦添市が合意の上で進んでいる。事実上、玉城デニー知事も容認している形だ。
もし、基地に反対するのであれば、今すべきである。
もちろん、左派政党は声を出しているが、選挙の時の公約レベルである。
本気で阻止するのであれば、今、反対運動をしなければ止めることはできない。
しかし、彼らが反対運動を展開するのは、工事が始まってからなのだろうと思う。
それは、その方が、存在をアピールできるからだ。
今読むべき書籍。