8月27日、沖縄県知事選挙が告示された。
今回の知事選は、公示日前から大きな話題となっていた。一時は8人もの出馬予定者が名乗りを上げ、公示直前には下地幹郎氏が出馬を断念するなど、注目を集めてきた選挙だ。
ところが、27日朝の琉球新報の紙面を見て、少し驚いた。
紙面で大きく取り上げられているのは、古謝玄太氏と玉城デニー氏の2人。
しかし、今回の知事選には、この2人以外にも4人の候補者が出馬しているはずだ。
もちろん、現時点で事実上「古謝氏と玉城氏の一騎打ち」という構図になっていることは否定できない。
それでも、他の候補者がどのように扱われているのか。
一面の記事を確認すると、4人の名前はわずか数行の中にまとめて記載されているだけだった。さらに、古謝氏と玉城氏を特集した見開きページでも、選挙の概要を説明する記事の一部に、他の4候補の名前が羅列されている程度。
つまり、紙面上では「古謝氏と玉城氏」が大きく紹介される一方、残る4候補については、ほとんど情報がない。
このような特集画面。

これが「公平な選挙報道」と言えるのか
もちろん、新聞の紙面には限りがある。
すべての候補者を同じ大きさで紹介することが難しいことも理解できる。候補者の政策や知名度、選挙情勢などを考慮して紙面を構成すること自体は、新聞社の編集判断だろう。
しかし、4人の候補者が出馬している以上、彼らもまた正式に知事選へ立候補している候補者だ。
決して、ふざけて立候補しているわけではない。
それぞれが自分なりの考えを持ち、沖縄県政について訴えるために立候補している。
それにもかかわらず、主要紙がほとんど名前だけしか掲載しないのであれば、有権者が候補者を知る機会そのものが奪われることにならないだろうか。
選挙報道で重要なのは、単に「有力候補が誰なのか」を伝えることだけではない。
有権者が、それぞれの候補者が何を訴えているのかを知り、比較し、投票先を判断できる材料を提供することも、報道機関の重要な役割ではないだろうか。
下地氏の「不出馬」の方が大きく報じられている
今回、さらに違和感を覚えるのは、正式な候補者よりも、出馬を断念した下地幹郎氏の動向の方が大きく報じられているように見えることだ。
もちろん、下地氏の不出馬が今回の知事選に与えた影響は大きい。
しかし、27日に告示され、正式に選挙戦がスタートした以上、これからは「実際に立候補した候補者」を有権者に伝えることがより重要になるはずだ。
今後、選挙期間中に各候補者について一定の報道が行われることには期待したい。
ただ、少なくとも告示日の紙面を見る限り、候補者の扱いには大きな差があると言わざるを得ない。
選挙違反やファクトチェック以前の問題ではないか
沖縄の地元メディアは、選挙期間になると候補者の発言や選挙運動について、選挙違反の有無を報じたり、ファクトチェックを行ったりする。
それ自体は重要な役割だ。
しかし、その前提として、すべての候補者について、有権者が判断するために必要な情報を提供することも報道機関の責務ではないだろうか。
特定の候補者を大きく取り上げる一方で、他の候補者をほとんど紹介しない。
結果として、有権者から見れば「最初から存在していない候補者」のように見えてしまう。
これは、選挙違反やファクトチェックの問題とはまた別の、選挙報道そのものの公平性に関わる問題だと思う。
「誰に投票するか」を決めるのは有権者
今回の知事選が、実質的に2候補を中心とした選挙になる可能性は高い。
だからといって、他の候補者の存在を小さく扱っていい理由にはならない。
新聞社が「この候補者は有力」「この候補者は当落に影響しない」と判断することと、有権者が候補者を比較して判断することは別の話だ。
誰に投票するのかを決めるのは、新聞社ではなく有権者である。
だからこそ、選挙報道では、できる限り幅広い選択肢を有権者に示してほしい。
沖縄のマスコミは、政治的な立場について「偏っている」と批判されることが少なくない。
その評価については、個々の記事を見ながら判断すべきだろう。
しかし、少なくとも選挙報道においては、政治的な立場の違い以前に、「有権者が判断できるだけの情報を公平に提供する」という報道機関としての基本的な役割を果たしてほしい。候補者を評価するのは、メディアではない。
最後に判断するのは、有権者だ。
